弱い者いじめ?スラップ訴訟とは
- 2015/10/29
- diary
流行り(?)のスラップ訴訟をご存じですか?
スラップ訴訟という言葉は、まだ知らないという方の方が多いでしょう。
スラップ訴訟は、恫喝訴訟や威圧訴訟と言われたりもします。スラップとは、slap=「平手打ち」ですが、Strategic Lawsuite Against Public Participationの頭文字を取ってこの平手打ちと掛けてつけた名前だそうです。法律分野としてスラップ訴訟というとあまり学問的に発展しているとは言い難い分野でして、このネーミングもアメリカから輸入されたものです。
では、スラップ訴訟ってどんなの?と言われると、訴訟を申し立てるにあたって必要な要件は確かに満たすが、勝訴を目的とするものではなく、国や企業などの経済的強者が経済的弱者を恫喝、威圧して弱者側の行動を抑圧することを目的とする訴訟ということになります。簡単に言えば、勝つ気はないけど邪魔しよう、脅してやろう、負担を負わせてやろうということを主目的とする訴訟です。
法律上の要件を満たして訴訟を提起してるんだから何が悪いんだ、とも思われがちなのですが、何が問題なのかを具体例を見ながら見ていこうと思います。
スラップ訴訟のここが問題
従来日本では、企業vs個人ジャーナリストという形でスラップ訴訟が問題となることが多かったようです。週刊誌等に個人ジャーナリストがある企業Aの記事を提供したときに、企業Aが個人ジャーナリストに対して名誉毀損的な記事だ、として不法行為に基づく損害賠償請求をするといったものがありました。記事の内容が名誉毀損的な記事であったとすれば至極全うともいえそうです。では、何が問題なのでしょうか。確かに要件を満たしているのであれば、訴訟を提起することはできるはずです。誰にでも(法人にも)裁判を起こす権利はあり、判例においても、「裁判制度の自由な利用」(最判昭和63.1.26民集42.1.1)は認めているところです。
しかし、訴えられた個人ジャーナリストは困ったことになります。相手が勝つ気はないけど訴えてきていたとはいえ、訴訟を提起するための要件は満たしていますし、請求内容自体も一応妥当そうにみえるものをしてくるはずです。これに対して何もリアクションを起こさなければ、相手の請求は原則としてそのまま裁判所に認められてしまいます。つまり放っておけば負けてしまうのです。
では、いざ勝てる訴訟だから勝ちに行こうとしても、裁判はそう簡単ではありません。裁判にはお金も時間もかかります。通常は弁護士費用もかかるでしょう。
一方、企業側としては訴訟ひとつの時間や費用は何らの負担になりません(というと言い過ぎですが、裁判の負担が1個人の生活の中に占める重さと、1企業の活動の中に占める重さでは、はるかに前者が重たいことは想像できますね。)。このように、裁判を起こすという正当な行為を利用して、「訴えられたくなければうちを攻撃すんなよ」、という脅しをかけられるというわけです。
オリコンvs鳥賀陽というスラップ訴訟か否かが問題となった訴訟があります。個人ライターである鳥賀陽氏はこの件について多数書籍を出版しております。この事件がスラップ訴訟なのか否かは裁判所が判断するに至りませんでした(1審はオリコン勝訴、2審で和解)が、オリコン側が自社サイトでこの件について社長名義で声明を出しています(こちら)。
最近では、外国ではむしろスラップ訴訟の主流ともいえる、行政vs住民が日本でも提起されてきています。有名なものとして、高江スラップ訴訟がありますが、住民側が敗訴しています。事件の内容の当否については差し控えますが、少なくともこのように問題が顕在化しつつある状況であるということです。
スラップ訴訟に対抗するには?
訴権の濫用という見方をすれば、これまでも多数の判例がありますし、この主張が認められれば訴え提起が却下されます。さらには、訴え提起そのものが不法行為を構成して損害賠償請求することができる場合もあります。そこで、スラップ訴訟だと思ったら、訴え却下を求めると同時に損害賠償請求を反訴提起することが考えられます。が、これらの話は訴権の濫用であると認められた場合に限ります。これに関しては、裁判を受ける権利との関係で、このように判断されることはかなり難しいといえます。
また、裁判を提起すること自体が不法行為と認められるためには、「当該訴訟において提訴者の主張した権利等が根拠を欠くものであることにつき提訴者が悪意・重過失である場合など、訴えて提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる」とされています。これも、基本的には、なかなか認められないものと考えるべきですが、スラップ訴訟への対抗手段として頭に入れておきたいところです
また、スラップになりうるような訴訟提起を代理人である弁護士が自制するという姿勢も求められています。もっとも、スラップかどうかのラインが明確でないこともあり、自制をするにしてもその線引きが弁護士個人に求められるのではあまり実効性はないでしょう。
アメリカではアンチ・スラップ条項の成立も
個人の自制ではなく、法律で制限しようとする自治体もあります。
スラップ訴訟の発信地アメリカにおいて、カリフォルニア州ではアンチ・スラップ条項が定められています。反スラップ動議を主張することにより、訴訟を停止させ、認められれば弁護士費用の大部分を原告が負担するといった制度です。また、動議の提出により請求の内容も変えることはできなくなります。なかなか面白い工夫ですね。でも、そうなると今度は逆にアンチ・スラップ条項の濫用により正当な裁判提起ができなくなるといった事態が生じるのではと思いますよね?実はその通りで、実際に当のカリフォルニア州では、アンチ・スラップの濫用ともとれる事態が多発した結果、一定の事件類型についてアンチスラップ動議の提出を制限するに至っています。
バランスが難しいのですね。
しかし、カリフォルニア州以外でもアメリカ各州でアンチスラップに関する法律は存在しています。
まったく放置したままでは、明らかなスラップ訴訟を制限することもできないので、何かしらの規制を少なくとも検討しなければならないと思います。