労災事故について知っておきたい7つのこと
- 2015/8/18
- 労働問題
その1-労災事故とは?
労災事故とは、労働災害事故、すなわち業務上の事由によって、もしくは通勤中に、負傷、疾病、障害を負い、最悪死亡してしまうようような事故のことをいいます。
工場機械を操作中に怪我をした、通勤中に車にひかれた、働き過ぎて病気になってしまった、などいろいろなケースが考えられます。
労災事故についてよくよく争われるのは、そもそもそれが労災といえるのかという点です。
会社側からすれば、怪我をしたり死亡したりといった結果は業務上もしくは通勤中に発生したものではないというように争います。では、当該事故が労災といえる、すなわち業務上ないしは通勤中に発生したとはどのような場合を指すのかというと、次のようになります。
まず、「業務上」については、働いているときに起こったことが原因で怪我を負ったり死亡してしまうような場合をいいます。業務により即座に被害を被ったような場合、先の例でいえば工場機械を操作中に怪我をしたというような場合であればわかりやすく業務上に起こった事故として労災事故であるということになるでしょう。
争いになりやすいのは、被害が即座には起こらなかった場合です。たとえば、業務内容が過度に労働者に負担をかけるもので、精神的な疾患を負ったというような場合や、働き過ぎて脳梗塞により死亡したというような場合です。会社からすれば精神疾患や脳梗塞は別の原因により生じたんだと争いたいところでしょうし、労働者側からすれば会社の業務がきつすぎたことが原因だと言いたくなるでしょうから、争点になりやすいわけです。
次に、「通勤」については、「労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うこと」であるとして、住居と就業の場所との間の往復、就業の場所から他の就業の場所への移動、単身赴任先等の住居から帰省先への移動がこれに当たるとされています(労働者災害補償保険法7条2項)。
つまり退勤後帰宅途中の事故であっても、買い物などに寄り道した場合には、合理的な経路での移動とはいえないため、労災事故には当たらないという判断がなされるおそれがあります。
ただしこれも評価的な側面があるので、具体的なケースでは労災適用の有無を断言できないような微妙なケースもあります。帰り道に寄り道していたから労災適用はないと会社に言われたとか、自分ひとりで判断する前に、専門家に相談されることをお勧めします。
その2-労災保険で補償されるもの
労災事故であるとわかれば、労災保険(正式には、労働者災害補償保険)により生じた損害について補償を受けることができます。
労災保険は会社が加入しているものであり、労災事故に対して適切に補償がなされるように用意された制度であるといえます。そして、補償されるものとしては以下のものがあり、業務上労災については労働者災害補償保険法12条の8に、通勤労災については同法21条に定められています。通勤労災の場合、補償を除いた名称になっていますが、内実は変わらないので気にする必要はありません。
①療養(補償)給付 | 労災により負った傷病を療養するための給付です。診察・薬剤又は治療材料の支給・処置、手術その他の治療、居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護、移送などの費用になります。 |
②休業(補償)給付 | 労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のた労働することができないために受けられない賃金の給付です。 |
③障害(補償)給付 | 労働者の傷病が治ったあと身体に一定の障害が残った場合には障害等級に応じて給付されます。 |
④遺族(補償)給付 | 労働者が死亡した場合、その労働者の収入により生計を維持していた配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹は給付を受けることができます。 |
⑤葬祭料 | 労働者が死亡した場合の葬儀料につき、通常要する範囲内で費用が負担されます。 |
⑥傷病(補償)年金 | 一部の疾病が療養開始から1年6ヶ月後なおも治療中の場合に給付を受けることができます。 |
⑦介護(補償)給付 | 労働者が一定の障害を負った場合、通常要する介護費用の給付を受けることができます。 |
その3-労災保険金はいくらもらえる?
労災事故に遭った場合に以上の内容の補償が受けられ、その額は負傷や障害の程度によって異なります。そして、一時金は一度のみ給付されるのに対して、年金は毎年偶数月に支払われるということになります。
①療養(補償)給付
治療費についてかかった金額の全額が対象となります。
②休業(補償)給付
労災事故により労働することができないために賃金を受けられなくなった日の4日目以降について平均賃金の60%が給付されます。また、社会復帰促進事業とよばれる施策により別途特別支給金が給付され、これは平均賃金の20%が給付されることになります。要するに80%は所得保障されると考えてもらって構いません。
③障害補償給付
残ってしまった障害について等級がつけられ、それに応じて補償されることになります。1~7級については障害補償年金が、8~14級については障害補償一時金が補償されます。
以下の表における○日分とは給付基礎日額の○日分のことを指します。給付基礎日額とは平均賃金のことをいい(同法8条1項、労働基準法12条1項)、まあ要するに日給のことを指すと考えていただければと思います。
障害等級 | 障害年金 | 障害等級 | 障害一時金 |
1級 | 313日分 | 8級 | 503日分 |
2級 | 277日分 | 9級 | 391日分 |
3級 | 245日分 | 10級 | 302日分 |
4級 | 213日分 | 11級 | 223日分 |
5級 | 184日分 | 12級 | 156日分 |
6級 | 156日分 | 13級 | 101日分 |
7級 | 131日分 | 14級 | 56日分 |
また、これに加えて、社会復帰促進事業により以下の障害特別支給金が給付されます。
なお、これらの給付金にボーナス(賞与)は含まれていませんので、別途ボーナス支給金が給付されます。これは障害の等級に合わせて上記の障害年金・一時金と同額となります。
障害等級 | 特別支給金 | 障害等級 | 特別支給金 |
1級 | 342万円 | 8級 | 65万円 |
2級 | 320万円 | 9級 | 50万円 |
3級 | 300万円 | 10級 | 39万円 |
4級 | 264万円 | 11級 | 29万円 |
5級 | 225万円 | 12級 | 20万円 |
6級 | 192万円 | 13級 | 14万円 |
7級 | 159万円 | 14級 | 8万円 |
④遺族補償給付
遺族補償は労働者が死亡した場合に給付されますが、事故態様により給付額が変わることはありません。遺族補償の額は遺族の人数により決定され、2人以上の場合は人数で割ります。そして、給付の態様は原則遺族年金という形で給付されます。
遺族の人数 | 遺族年金 |
1人 | 153日分、55歳以上の妻は175日分 |
2人 | 201日分 |
3人 | 223日分 |
4人以上 | 245日分 |
以下の場合であれば遺族年金ではなく、遺族一時金という形で給付されます。
労働者の死亡の当時、遺族(補償)年金の受給資格者がないとき | 1000日分 |
遺族(補償)年金の受給権者がすべて失権した場合に、受給権者であった遺族の全員に対して支払われた遺族特別年金の合計額が算定基礎日額の1000日分に達していないとき | 1000日分とその合計額との差額 |
これに加えて特別支給金が給付されます。遺族特別給付金の額は一律300万円です。これを遺族の人数により割ります。また、遺族特別年金も支給され、以下のようになります。
遺族の人数 | 遺族特別年金 |
1人 | 153日分、55歳以上の妻は175日分 |
2人 | 201日分 |
3人 | 223日分 |
4人以上 | 245日分 |
⑤葬祭料
実際にかかった実費を請求できるのわけではなく、給与基礎日額により一定額が給付されます。具体的には315,000円に給与基礎日額の30日分を加えた額が給付されるのが原則です。この合計額が給付基礎日額60日分を超えない場合は60日分が給付額となります。
⑥傷病補償年金
傷病補償年金は傷病等級に応じてその額が決定します。
病症等級 | 傷病年金 |
1級 | 313日分 |
2級 | 277日分 |
3級 | 245日分 |
また特別支給金及びに特別年金も給付されます。
傷病等級 | 特別支給金 | 特別年金 |
1級 | 114万円 | 313日分 |
2級 | 107万円 | 277日分 |
3級 | 100万円 | 245日分 |
なお、傷病(補償)給付を受給しはじめた場合には休業(補償)給付は受給できなくなるうえ、障害(補償)年金との差額が受給されるということになります。
⑦介護補償給付
介護補償給付は、常時介護と随時介護とに分類されて一月あたり以下の額が給付されます。また、親族又は友人・知人による介護か否かによっても給付額が異なります。
なお、月の途中から介護を始めた場合、介護費用を支出していた場合は上限額を限度に給付されますが、介護費用を要さずに親族・知人等が介護していた場合は当該月は支給されないということになっています。
常時介護の場合
親族又は友人・知人の介護を受けていない場合 | 介護の費用として支出した額(上限10万4570円) | |
親族又は友人・知人の介護を受けている場合 | 介護費用の支出がない場合 | 一律定額5万6790円 |
介護費用が5万6790円を下回る場合 | 一律定額5万6790円 | |
介護費用が5万6790円を上回る場合 | 介護の費用として支出した額(上限10万4570円) |
随時介護の場合
親族又は友人・知人の介護を受けていない場合 | 介護の費用として支出した額(上限5万2290円) | |
親族又は友人・知人の介護を受けている場合 | 介護費用の支出がない場合 | 一律定額2万8400円 |
介護費用が2万8400円を下回る場合 | 一律定額2万8400円 | |
介護費用が2万8400円を上回る場合 | 介護の費用として支出した額(上限5万2290円) |
その4-労災使ったら会社の保険料があがる?
労災を使ったら会社の保険料が上がるから労災の使用は認めない!
もちろんそんなことを言って労災申請を拒否する権利は会社側にないわけですが、実際にはよく聞く話です。しかし、労働者側からすると、そもそも保険料があがるのか?という疑問はあるとは思います。また、会社の担当者の方としても申請するにはしたが、今後保険料があがるのではないかと心配する方もいらっしゃるのではないのでしょうか。
結論としては、労災使ったら会社の保険料があがる場合もありうる、ということになります。しかし、保険料があがらないケースも相当数あるといえます。
そこで、どのような場合にあがるのか、あがる場合はどの程度あがるのかということについて見ていきたいと思います。
どのような場合にあがるのか
一定程度以上の労災事故が発生した場合には会社の保険料はあがるということになります。メリット制と呼ばれます。このメリット制の目的は、業務災害発生状況に応じた保険料の公平負担と会社側に業務災害防止努力の促進であるとされています。
そのため、通勤災害については会社側が防止できるものではないことから、どれだけ通勤災害によって労災を使っても保険料はあがりません。したがって、メリット制は業務災害についてのお話ということになります。
メリット制が適用されるのはどのような場合かというと、①一定規模以上の継続事業、②有期事業の場合です。
①一定規模以上の事業継続といえるには、
a 100人以上の労働者を使用した事業であること
b 20人以上100人未満の労働者を使用した事業であって、災害度係数が0.4以上であること
のいずれかを基準日の属する保険年度から遡って3保険年度の各年度において満たした場合に適用があるということになります。災害度係数は、労働者数×(業者ごとの労災保険率―被業務災害率)により算出します。
簡単に言えば3年以上事業を行っているaかbの要件を満たした会社であれば保険料が上昇する可能性があるということになります。
②有期事業の場合はさらに一括有期事業か単独有期事業かによって異なります。
メリット制の適用がある一括有期事業とは、2以上の一定規模以下の有期事業を一括して1つの事業とみなして労災保険を適用する事業であって、連続する3保険年度中の各年度において確定保険料の額が40万円以上であることとされています。
メリット制の適用がある単独有期事業とは、確定保険料が40万円以上であることとなります。建築事業の場合は請負金額が1億2000万円以上、立木伐採の事業は素材の生産量が1000立方メートル以上であることとされています。
ただし、メリット制が適用されても必ず保険料あがるわけではありません。メリット収支率が85%を超えた場合にのみ保険料が増えるということになります。メリット収支率(%)は保険給付/保険料×100で求めることができます。
どの程度あがるのか
メリット制の利用により増減する保険料は±40%となります。メリット収支率が85%を超える場合にあがることになりますが、75%以下の場合には保険料が下がります(やっと「メリット」が出てきましたね。)。
したがって、労災件数0件であれば最大40%割引されることになる一方、労災件数が一定数以上になれば、現状維持もしくは増額ということになるのです。
もちろん、だからといって労災申請を受け付けないというような対応は許されません。(会社が申請に協力しない場合であっても労働者のみでも一応申請することはできますし、そのような対応をする場合には会社に刑事罰(労働安全衛生法100条、120条5項)が科せられる可能性もあります。)
その5-鬱、過労死、自殺も立派な労災
労災といえば、外から分かるような疾病であることが想像しやすいのかも知れません。
しかし、業務上の原因が理由で精神疾患に罹患することも十分ありえます。そのような場合には、もちろん労災に該当します。また、過労により死亡したり自殺したといったような場合であっても労災に該当しえます。
では、労働者が鬱になったり、死亡したり、自殺したりといった場合に、どのようなことを立証できれば労災として認定されるのかというと、なかなか難しい問題です。そこで、それぞれどのような問題があるのかを見ていきましょう。
精神疾患
鬱病のように心因性の精神疾患は、何が原因かを特定するのに困難を伴います。つまり、法律上問題となるのは心因性精神障害と業務との間に相当因果関係が認められるかということになります。
この相当因果関係が存在するといえるには、労働者の担当業務に関連して心因性精神障害を発病させるに足りる十分な強度の精神的負担ないしストレスが存在することが客観的に認められる必要があると言われています。厚生労働省が発行している労働基準監督署における基準としては以下のように定められています。
①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
労働基準監督署での認定はこれに準拠して行われますが、裁判でも必ずしもこれによるということはないでしょう。認定基準の対象外であってもケースによっては労災として認定されることもあるかと思います。
より詳細については精神障害の労災認定をご参照ください。
過労死
一般に過労死と呼ばれる類型の疾病として、脳血管疾患と虚血性心疾患が挙げられ、両者に区別されます。
そして、過労死として認められる疾患としては次のように定められています。脳血管疾患としては、脳出血、くも膜下出血、虚血性の脳梗塞、高血圧性脳症が、虚血性心疾患には、狭心症、心筋梗塞、心停止(心臓性突然死を含む。)、乖離正解動脈瘤が認定上認められる疾患です。もちろん、裁判であればこれ以外にも認められるケースがあります。
その上で、これらの疾患が業務上の原因によるものであること、疾病と業務との相当因果関係があるかが問題となります。これらの疾患により死亡する労働者の多くは、もともと高血圧であったり、動脈硬化、動脈瘤、心筋変性等の基礎疾患を有しています。裁判例上では、業務による過重な精神的、身体的負荷が基礎疾患を自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったと認める場合に、相当因果関係が認められるようです。
どのような場合に過労死と認められるかにつき過労死ラインとして毎月の残業時間が80時間であるといわれており、厚生労働省が詳細な基準を定めています。
簡単にいえば、①異常な出来事(発生直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にしうる異常な出来事に遭遇したこと)、②短期間の過重業務(発祥に近接した時期(おおむね1週間)において、特に過重な業務に就労したこと)、③長期間の過重業務(発症前の長期間(おおむね6ヶ月間)にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと)のうちいずれかを満たす場合には過労死であるとされやすいでしょう。
より詳細については脳・心疾患の労災認定をご参照ください。
過労等を原因とする自殺
通常自殺は、労働者の故意に基づくものとされていますから、労災保険法12条の2(「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは保険給付を行わない」)により保険給付はされないとも考えられなくはないですが、そんなことはありません。実際、ニュースなどでも居酒屋チェーンの従業員の自殺が取り上げられたりするのを見たことがあるのではないでしょうか。
上記の精神疾患が認められた上で、自殺と精神疾患との間に相当因果関係があれば過労等を原因とする自殺として労災となります。
その6-注意!労災事故で健康保険は使えない
病院に行ったら健康保険証を出すのはもはや慣れてしまった、当然のことだ、と考えられている方も多いと思います。しかし、業務中や業務外で負傷した場合、いままでみてきた労災に当たる場合には健康保険を使用できません。労災保険の適用となるからです。健康保険法でも以下のように定められています。
健康保険法第1条(目的)
この法律は、労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第7条1項1号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い、もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄付することを目的とする。
もし間違って健康保険証を出して受診した場合は、切り替えが必要です。どちらかを選択するといったようなこともできません。もしもう既に健康保険使ってしまったという場合は、健康保険の保険者(協会けんぽ、健康保険組合)に申し出てください。また、労災指定病院などであれば切り替えが可能な場合もあります。
その7-労災保険だけじゃ足りない!
労災範囲はたとえば休業損害が8割に制限されているなど、損害全てについて保険の対象とされているわけではありません。そこで、全ての損害を賠償してもらうには事故原因を生じさせた者に対して損害賠償請求することができないかを考えてみます。
この点について、会社などの使用者は、被用者が安全に職務遂行できるように配慮する義務を負っているとされています。
したがって、業務中の事故であれば会社が、通勤中であってももし会社側に原因があれば賠償義務を負うということになるでしょう。会社側がすぐに支払ってくれればそれでよいのですが、支払ってくれない場合であれば交渉・裁判により回収を図ることになります。
一方会社側からしても支払能力があるかも含めて大問題です。
過労自殺と認定されれば1億円を超えるような賠償責任を負うと言ったようなことも考えられます。もちろん、業務災害を防止するように努めることが一番ですが、必ず避けられると高を括るのは危険ともいえます。
使用者賠償責任保険と呼ばれる労災への上乗せ分の保険が民間保険会社で用意されていますので、会社のためにも労働者のためにも、検討してみてもいいかもしれません。