亡くなった父の借金はどうすれば?―相続放棄と限定承認
- 2015/10/30
- 親族・相続
相続すべきか否か、それが問題だ
父が亡くなりましたが、昔からギャンブル好きで莫大な借金を抱えています。父が亡くなったことは悲しいのですが、借金のことが気になっています。この借金は私が返さなければならないのでしょうか。
よくある典型的なケースです。
相続は「争続」などと言われるように、トラブルになりやすいものであることは想像しやすいと思いますが、その場合、相続人間のトラブルをイメージする人がほとんどではないでしょうか。
確かに、相続人間のトラブルはそれはそれで多いですが、実は亡くなった方(被相続人といいます。)の債権者と相続人の関係でもトラブルが起きることはあります。相続人は、被相続人の財産だけでなく借金などの負債も引き受けることになるからです。
でも、それは困るというケースは本当によくあります。そんなときに使われるのが、相続放棄という手続です。
相続放棄とは
被相続人が亡くなったあと、相続人は、自らの意思で相続しないことを選択することができます。これが相続放棄です。
先ほどの亡くなった父がギャンブルで300万円の借金を負っていたとしましょう。さらに父は亡くなる前もギャンブルに没頭し続けた結果家や車は全て売り払っていたことから、財産はほとんどない状態だったとします。妻は既に他界しており、子どもが2人いたとします。もし、何もせずに放っておくと子ども2人は150万円ずつ借金を負うことになってしまうのです。
これは困るので相続したくないということができる、きちんとした手続を一定期間内に取れば、相続しないことができる、それが相続放棄の効果になります。
親の尻ぬぐいは義務ではない
親の借金を子が尻ぬぐいしないなんてけしからん、なんて考える人もいるのかも知れません。
しかし、法的には全く意味のない主張です。子は親に従属する者ではなく、独立した個人です。世話になっている人からの借金だから返したいといった場合など、どうしても親の借金を返したいのでなければこのようなケースでは相続放棄することを躊躇する必要はありません。
熟慮期間に気をつけよう
相続放棄について気をつけるべきポイントの1つは、相続放棄を選択することができるのは限られた期間だけであるということです。
相続放棄は、被相続人が死亡して相続が開始したことをあなたが知った時から3ヶ月以内にしなければならないのです。3ヶ月を経過すると法定単純承認といって相続したことになってしまいます。なので、亡くなったばかりだからといって放置しておくと危険です。3ヶ月というのは本当にあっという間に経ってしまうものです。
とはいえ、3ヶ月では被相続人の財産がどれほどあるのか確定できない、といった場合もあるかと思います。この場合は、家庭裁判所に熟慮期間の伸長(延長)の申立をすることができます。伸長は理由をしっかり説明すれば認められることが多いのですが、厳密にいえば伸長するかしないかは裁判所の判断に委ねられています。相続放棄するか相続するか迷いそうだというときは、早めに伸長申立の準備を進めておくべきです。
他にもある法定単純承認
法定単純承認というワードがでてきました。これは、「こういうことをした(しなかった)場合には、相続を承認したものとして相続放棄できなくなる」というものです。ここでは、他にもこんなことをしたら相続するという選択をしたとみなされる行動2つを見ておきましょう。
ひとつは、「相続人が、選択権行使前に相続財産の全部又は一部を処分したとき」です。被相続人が所有していた車を売り払ったり、被相続人が貸し付けていたお金を取り立てたりすれば、もう相続をすると選択したということになってしまうのです。なので、相続放棄という制度を知らずに実際は借金の方が財産よりも多いのにこのような行為に至ってしまえば後から相続放棄のことを知ったとしても手遅れということになります。
もうひとつは、「相続人が、選択権行使後に、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、または悪意でこれを財産目録中に記載しなかったとき」です。実はたんす預金があったがこれはなかったことにして相続放棄や後述の限定承認をしたあとに、この貯金を使ってしまった場合などがこの場合です。ばれなきゃいいと思っていてもしもばれたら放棄したはずの借金を負うことになります。
ちなみに、財産目録というのは限定承認の際に作成されるものです。
相続放棄はどうやって?
相続放棄するかどうかの判断の際や、放棄すると決断した後に気をつけなければならないことや相続放棄の仕方を確認しておきましょう。
相続放棄にあたって気をつけること
法定単純承認
一番気をつけるべきことは先に述べた法定単純承認にならないようにすることです。相続放棄をいったんしてもあとから法定単純承認となる事由が発覚した場合には、債権者が相続放棄の無効を主張してくると予想されます。
他の人が相続放棄したからといって安心しない
次に述べることに関わりますが、他の共同相続人、先の例で言えばあなたの兄弟が相続放棄をしたからといってあなたも相続放棄をしたことにはならないので注意してください。
相続放棄は相続人各々でその手続をしなければなりません。
では、なぜ各々で手続をしなければならないのでしょうか。それは相続放棄の効果がその理由になります。
相続放棄をした場合、相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人にならなかったものとみなされます。つまり、放棄した者が相続人ではなかったとされるだけで、債務がなかったことになるわけではないのです。債務はそのまま存在しますので、他の相続人はその債務を引き継ぐことになってしまいます。
なお、相続人間で繋がりが希薄である場合などにありがちですが、相続人の一人が被相続人が死亡したことを知らず自分が相続人になっていることに気づかなかったといった場合には熟慮期間が進行していません。なので、自分一人が相続放棄をしていなくて被相続人がなくなったときから既に1年過ぎているが、たった今相続の事実を知ったというような場合には、知った時から3ヶ月以内は相続放棄をすることができます。
自分は被相続人の親や兄弟姉妹だからと安心しない
被相続人である自分の子には多額の借金があるが、孫や子の妻がいるから自分はその借金は関係ないと放っておくと危険です。妻と子どもは必ず相続人資格を有していますが、子どもがいない場合には両親が、子どもも両親もいなければ被相続人の兄弟が相続人となります。
ということは、孫や子の妻が相続放棄した場合には、初めから相続人でないとみなされる結果、両親や兄弟姉妹が相続人となるのです。先ほどの熟慮期間は、相続放棄があったことを知った時から進行しますが、知ってしまえば3ヶ月経過により法定単純承認が認められ、借金を相続してしまうということです。
相続放棄をする場合には、相続人資格を有する者に報告すべきですが、報告しなければならないルールはありません。なので、被相続人が死亡した場合には相続人資格を有する人は自ら注意するようにすべきといえます。
相続放棄の仕方
相続放棄をするにあたって気をつけることを確認したので、次はその仕方を見ておこうと思います。
民法には、相続放棄はその旨を家庭裁判所に申述することによってなすと規定されています。とはいえ、どの家庭裁判所にどうやって申述すればいいかは民法には書かれていません。でもまあ、そういう場合は家庭裁判所に聞けば丁寧に教えてくれると思います。
それで終わったら意味がないので、もう少し説明します。
まず、自分が相続人であることを証明するために、自身の戸籍謄本と被相続人の住民票除票又は戸附票が必須です。その上で、自分が相続人であることが辿れるように戸籍謄本を用意する必要があります。詳しくは裁判所のHPをご覧ください。なお、申述する裁判所は被相続人の最後の住所地の裁判所になります。ご自身の近くの裁判所ではないのでご注意ください。
この他にも、収入印紙800円や予納郵券が必要となります。
借金より財産の方が多いと思うけど不安
ここまで、借金が財産を上回ってマイナスになることを前提にみてきましたが、プラスになるかマイナスになるか怪しいといった場合もあると思います。
たとえば、被相続人が有していた土地の価格がわからないけども土地の価格次第ではプラスにもなり得るといった場合です。もちろん、プラスであれば普通に相続をして借金などの債務を返済してもプラスなのですから問題はないでしょう。プラスかマイナスか怪しいということは、相続すると損するか得するか微妙ということです。だけどやはり損はしたくないですよね。このような場合のために、限定承認という制度が用意されています。
通常は相続すれば(単純承認)、包括的に被相続人の財産をプラスもマイナスも承継するのですが、この限定承認は相続財産のプラス分(積極財産)とマイナス分(消極財産)とで差し引きしてプラスに運んだ分だけ承認し相続するというものです。この限定承認ができる期間は相続放棄と同様となります。
制度の趣旨自体はすごく合理的です。相続放棄をすれば確実にゼロですが、限定承認すればゼロ以上でマイナスには絶対に転びません。もう限定承認するしかないといえるくらい合理的ですよね笑。
でも実は、この限定承認、全くといっていいほど利用されていません。平成26年は相続放棄の申述の受理件数が182,089件であるのに対して、限定承認の受理件数は770件となっています。また、相続放棄は年々着実に増加傾向にある一方で限定承認は増減を繰り返しています。
なぜ、このようなことになっているのでしょう?それは、手続の面倒さが圧倒的に違うためです。
相続放棄は簡単な手続でできるものですが、限定承認は非常に面倒です。
まず、相続人全員で一緒にしなければならないのです。それだけでもう面倒ですよね。親族みんな仲良いわけじゃないですし。
そして、財産目録を作成しなければいけません。これも非常に面倒。さらに、不当な弁済があったとされれば損害賠償責任も負うのです。
このような手続を経なければならない以上、プラスとなる金額がそれに見合った相当程度のものでもない限りは相続放棄の方がいいとなるのです。プラスとなるかマイナスとなるか分からないがプラスになるのであれば結構な金額になるといった場合には使える手続になるでしょう。
限定承認も裁判所のHPで書式をダウンロードできますし、必要書類の確認など詳細を確認することもできます。とはいえ、実際に限定承認の手続を行うのであれば弁護士に依頼する方が確実かもしれませんね。また、相続放棄の手続を自分でやるのが不安であるとか面倒であるという方も、弁護士に依頼してもいいと思います。