知って得する!立退き料の相場観
- 2015/8/18
- 不動産関係
借家人は保護されているっ!
契約というものは、本来当事者間で対等な関係にたって締結されることが前提になっています。賃貸借契約も、民法の条文のみをみれば対等な関係であることを前提としているといえそうです。
しかし、民法の特別法である借地借家法は、土地や家を借りるにあたって、過度と思えるほどに借主側を保護しています。
その最たるものが、土地建物の賃貸借契約は、期間の定めがあったとしても、法律上、更新されることが原則となっていることです。
つまり、たとえば2年の期間を定めて契約をしたとしても、そのまま2年経てば契約が終わるわけではなく、むしろ何もしないと法定更新といって従前と同一の条件(ただし期間については定めのないものになる)で賃貸借契約が更新されたことになるのです。貸主がこの法定更新を拒むためには、賃貸借契約の期間終了1年前から6か月前までの間に更新をしない(更新拒絶)という通知を出すこと、その更新拒絶に正当事由があること、の両方が必要です。さらに、この2つが揃っていたとしても、契約期間満了後に借主が建物を使用し続けているのに貸主が直ちに異議を述べないときも、法定更新されてしまいます。
なんだじゃあちゃんと1年前になったら更新拒絶の通知出せばいいんでしょ?というわけではないんです。いま両方が必要としれっと書きましたが、この「正当事由」というのが非常にやっかいなんです。
また、「まあ、ちゃんとしてる借主ならいいけど、賃料滞納とかされたら債務不履行で契約解除すればいいんでしょ?」と思われる方もいるかもしれませんが。。。残念!今度は「信頼関係破壊の法理」というものが出てきて、これはこれで、ある意味正当事由よりもクリアするのが難しいと言える要件になっているんですね。
正当事由?普通はない。信頼関係?は砕けない。
ではこの更新拒絶に「正当事由」があるとはどういうことなのでしょうか。
土地の明渡しの正当事由
まず、土地の賃貸借契約の正当事由は以下の要素からなります。
土地の使用を必要とする事情 | 借地人側 | 現に借地上に建物を所有しその土地を使用していること自体。 その建物が長期間にわたり使用されていなかったり、建物の腐朽損傷が著しく、借地の効用を十分に発揮できないような利用がなされている場合、あるいは借地人が他に多くの不動産を所有し、あえてその土地を使用する必要が認められないような場合には、借地人側の土地の使用の必要性のマイナス事情。 |
地主側 | 他に多くの不動産を所有していないこと若しくは当該土地が是非とも必要な場合であること。すなわち、その土地に自ら使用する建物を建築する場合あるいはこれと同視できる経済的必要性がある場合などに限られ、単に土地の有効活用を図ることは、それ自体では正当事由とは認められない。 | |
借地に関する従前の経緯 | 借地権設定の経緯、借地の経過期間、借地権設定の際の権利金、保証金その他の一時金及び借地契約継続中における更新料その他各種承諾料等の授受の有無、程度並びに地代改定の経緯、借地人の借地契約上の債務履行の状況等。 | |
土地の利用の状況 | 土地上の建物の状況のほか、借地全体に対する建物所有目的として利用される部分の割合、隣接地及びその周辺地域における土地の標準的利用との差異など。 | |
財産上の給付 | 立退き料の提供、代替不動産の提供など。 |
正当事由の判断要素としての以上の事情は、まず、「土地の使用を必要とする事情」の存否、程度を確定したうえ、「借地に関する従前の経緯」、「土地の利用の状況」を勘案し、最終的には「財産上の給付」(いわゆる立退料ってやつですね。)も考慮して、正当事由が充足したと認められるかどうかを判断することになります。
建物の明渡しの正当事由
借家の場合の正当事由は借地の場合の正当事由とその内容は異なりますが、まあ似たようなもんです。
建物の使用を必要とする事情 | 当事者双方の建物の使用の必要性を比較衡量する。 建物の転借人がいる場合には、当該転借人の建物の使用の必要性も借家人の建物使用の必要性の事情として考慮される。 借地の場合は、建物賃借人の事情は考慮されないのでこの点異なる。 |
建物の賃貸借に関する 従前の経過 |
賃貸借契約締結の経緯・事情、賃貸借契約の内容、賃貸借期間中の借家人の契約上の債務の履行状況、賃料の額及び改訂の状況、権利金等の一時金、各種承諾料の授受の有無・程度、借家の経過期間、更新の有無・内容、その他信頼関係破綻事実の有無等が考慮事情となる。 |
建物の利用の状況 | 借家人にとって必要不可欠の利用であるのか、建物の種類、用途に則った利用がなされているか、建物の用法違反となるような使用はなされていないかなどが考慮事情となる。 |
建物の現況 | 建物の経過年数及び残存耐用年数、建物の腐朽損傷の程度、大修繕の必要性、修繕費用、当該地域における土地の標準的使用に適った建物であるかなどの事情が考慮事情となる。 |
財産上の給付 | 立退料、代替賃貸不動産の提供が考えられる。 |
正当事由の判断の仕方自体は借地の場合と同様になります。
正当事由、認められる?
いまみてきた正当事由の中身を見ていただければ何となくわかるかもしれませんが、正当事由があるとえるかというのはかなり厳格に考えられていて、このような事由があると明確にいえることはめったにありません。特に、借主が現在居住している場合であれば、それをあえて立ち退かせるだけの必要があるといえなければ、基本的には正当事由は認められません。
信頼関係破壊の法理って何?
更新拒絶しようとするから正当事由とかの話になってしまうんだ、賃料滞納するようなやつはさすがにすぐ出て行けっていえるよね?と思われる方は、非常に残念ですが、この信頼関係破壊の法理の前にひれ伏すことになります。
信頼関係破壊の法理とは、賃貸借契約において貸主から債務不履行解除をいうには、借主との間の信頼関係が破壊されたということを示す事情が必要になるという理屈のことです。
いや、賃料滞納するようなやつと信頼関係築けるわけないだろって思うかもしれませんが、ここでいう信頼関係というのは、個人的な好き嫌いや信頼しているかいないではなく、客観的にみて賃貸借契約を継続できないと思わせる事情があるかどうかという意味で、この信頼関係というのは一度作られると(つまり賃貸借契約が成立すると)、なかなか壊れないのです。
たとえば、賃料を2ヶ月程度滞納しただけでは、信頼関係が破壊されたということはできないとされています。
最近、賃料の滞納について厳しく見られることが多くなってきているようですが、それでもおそらく4~5ヶ月の賃料の滞納がないと信頼関係が破壊されたとは認定されにくいと思いま。3ヶ月以内の賃料滞納の場合には、他の信頼関係を損なう事情も合わせて主張しなければいけません。
よろしい、ならば立退き料だ!
このように、いずれにしても貸主が借主を追い出すことは容易ではないのです。
そこで出てくる概念が。、立退き料です。借地明渡しの正当事由のところでもみましたが、立退料はこれら正当事由が決定的でなくてもある程度正当事由に近しいものがあるのであれば、あとはお金で解決してしまおうというものです。借主の居住権を超える程の建物の使用を必要とする事情はないけれど、ある程度は相当な使用を必要とする事情はあるといったような場合であれば立退き料を支払うことにより正当事由が充足されるということになります。
もちろん、上記の正当事由の内容の表に記載してあるその他の事情をも加味して判断する前提です。
立退き料の相場は?
そうなると、どの程度の立退き料を支払えば正当事由が充足されるのかが気になってくるでしょう。
しかし、土地建物の使用を必要とする事情を数で表示することはできませんから、計数的に処理して比較することは難しいのです。そして、正当事由を基礎づける立退き料以外の事実や程度は実に様々ですから、正直、立退き料について相場というものは、示せません!
で終わるとダメですね。
立退き関連の事件をある程度経験した弁護士であれば、「こういう事情やこういう事情があった場合で立退き料としていくらが妥当とされた」という知見というか経験がストックされていきますので、それぞの事情に応じた見立てを示すことはできます。ただ、正当事由を基礎づける事情は、実際に争点となった後に色々と明るみでてくることが多いので、当初の見立て通りの金額にならないことも多くあります。それくらい、立退き料の相場は示しづらいものです。
しかし、いくらそういわれても大まかでいいので相場を教えてほしいと思われる方もいらっしゃると思います。もうものすごく、本当にものすごく乱暴にいうと、正当事由を満たす事情が一切ないのに更新拒絶されている借家人というような場合には、賃料6~12ヶ月分くらいを1つの相場観とみていいと思います。
また、立退き料の支払いがなされて明渡しが認められた裁判例をいくつか簡単に紹介しておきますので、参考にしていただければと思います(かなり高額なケースを集めています)。なお、下記の裁判例には掲載しませんでしたが、もちろん立退き料を支払うことなく正当事由が認められることもあるのでその点は誤解のないようにお願いします。
●裁判例1(借地の自己使用・居住)
子の家族と同居住宅の建築―賃借人:居宅の敷地(東京地裁平成17年5月30日判決)
事案:土地の使用の必要性はいずれもより高くはないところ、賃貸人は、自らの子らと同居するために三世帯住宅を建築したい一方、賃借人は本件借地の目的を一応達成している上、土地の一部を無断転貸するなど信頼関係破壊事実が存在する場合
立退料額:本件土地の借地権価格(1300万円程度)を目安に700万円の立退料
●裁判例2(借地の自己使用・営業)
従業員宿舎の建築―賃借人:化粧品店の敷地(東京地裁平成7年2月24日判決)
事例:賃貸人は隣接する土地において新聞販売店を営んでおり、従業員の宿舎等のビルを建築したい一方、賃借人は本件土地上で明治年間以降印刷業を営んでいる場合
立退料額:更新拒絶時に近い時期の借地権価格相当額+100万円を内容とし、6,450万円の立退料
●裁判例3(借地の有効利用)
中層店舗ビル―賃借人:飲食店の敷地(東京地裁昭和62年3月23日判決)
事例:本件土地はJRの駅の至近の商業地にあるところ、賃貸人は自己所有地と一体として本社ビルを建築する必要がある一方、賃借人は本件土地で飲食店を営んでいる場合
立退料額:本件土地の更地価格、借地権割合その他諸事情を考慮し、借地権価格の60%相当額として1億8000万円の立退料
●裁判例4(借家の自己使用・居住)
自己居住―賃借人:居住・ワープロ教室(東京地裁平成3年9月6日判決)
事例:賃貸人は地方で退職後都内で再就職するにあたって居住する必要があるが、適当な住宅がない一方、賃借人は本件建物に居住しそこでワープロ教室を営んでいる場合
立退料額:賃料の差額、敷金・礼金等の一時的支出及び引っ越し費用の一部を内容とする700万円(現行賃料の約9.7年分)の立退料
●裁判例5(借家の自己使用・営業)
結婚式場―賃借人:不動産会社の店舗・事務所(東京地裁平成17年3月30日判決)
事例:賃貸人は本件建物の隣接地で結婚式場を経営し、式場拡大のために本件建物を使用する必要がある一方、賃借人Aは本件土地で不動産管理会社を、賃借人Bは本件土地で不動産媒介業を営んでいる場合
立退料額:2つの鑑定評価書による借地権価格、営業損失の補償、移転実費等並びにX、Yらの事情等を総合的に考慮した結果、賃借人Aには1,100万円、賃借人Bには1,250万円の立退料