労災事故、会社の責任は?

労災事故、会社からの補償は?

労災事故に遭われたとき、労災保険からの補償等給付がなされることになりますが、この給付は100%のものではありません。例えば、休業補償については労災保険から80%しか支払われませんが、残る20%については受け取れないというわけではないのです。もちろん休業補償に限った話ではありません。労災保険は会社の責任を全て免責するものではないからです(労災保険から給付があった分については損害額から控除されます)。さらに、慰謝料請求については労災で一切補填されません。そもそも、損害について労災保険は個別事情を考慮しません。例えば、小指を失った場合に、事務作業員であれば業務上の影響も微々たるものですが、ギタリストにとって小指がなければ大きな支障が生じますよね。しかし、ギタリストに対しても単に一指を失った場合の損害として定額で支払われるに過ぎないのです。そこで、このギタリスト特有の損害についても会社に請求できるということになるのです。被害に遭った場合には会社に対してもしっかり請求するのが筋でしょう。

一方、会社としても労災事故であるから労災保険で我慢してというわけにはいかないということです。労災保険の分だけ賠償する金額が下がるだけであってゼロになると言うことはまずないと考えていただいてもいいかと思います。

もっとも、通勤労災であれば被災労働者の損害を賠償するのは通勤労災を引き起こした第三者であって、会社側には責任がない場合がほとんどでしょう。つまり、会社に補償する責任がある場合に限って補償すればよいということになるのですが、この責任って何で生じるのっていうことになるかと思います。

この責任つまり賠償する責任ですが、これを導くための法律構成としては、大別すると2種類あります。ひとつは不法行為構成です。不法行為構成による場合は、故意又は過失により他人の権利を侵害した者は、これによって生じる損害を賠償する責任を負うということになります。この他にも、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその業務の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責任を追及する使用者責任という特殊の不法行為責任を負う場合もあります。これ以外にも、注文者責任、土地工作物責任などいくつかの特殊の不法行為責任もありますので、事案に応じてどの責任を追及すべきか判断する必要があります。どの責任を追及し主張立証するかは被災労働者側が行わなければなりません。また、不法行為責任は被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから3年間経過すると時効により消滅します。

この主張立証が困難なケースや時効が経過してしまった場合が多くはあるかと思います。それが、安全配慮義務違反による債務不履行責任です。

安全配慮義務という責任

安全配慮義務違反とは、使用者が労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務に違反することです。労働契約に付随して発生する義務といわれており、会社が従業員に対して負う付随義務であるとされています。そして、債務不履行責任ですから権利を行使することができるときから10年で消滅時効にかかります。

もっともどの程度配慮すればいいかという問題があります。行政法令である安全衛生法等の法令を遵守したからといって必ずしも安全配慮義務をも守り切れたということにはなりません。安全配慮義務は一般的・抽象的に記載されている分、法令遵守を超える義務を含んでいるからです。したがって、行政法令が指標にはなりますが、具体に応じて具体的に安全配慮義務を認定する必要があり、ここでこれが安全義務だ!と示すことは難しいです。安全配慮義務の存在を明らかにした判例でも、「使用者の・・・安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであることはいうまでもない」としています。

そこで、いくつかの事例を見ることにより安全配慮義務が何なのかを見てみたいと思います。

会社は、A一人に対し昭和五三年八月一三日午前九時から二四時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施設等と相まつて労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。

川義事件(最判昭和59.4.10判時1116.33)

少し極端な事例かもしれませんが、このような場合であっても安全配慮義務は認められるのです。次に、病院付属の宿舎で就寝中の看護婦の焼死事件についてみてみます。

本件宿舎の構造、機能、病院棟との位置関係、居住状況に鑑みると、本件事案のもとでの被告(会社)の負うべき安全配慮義務の具体的内容としては、①燃えにくい構造にする等建物自体を整備すること、②一旦火災が発生した場合において直ちに初期消火活動が可能な程度に消化器等の物的設備を整備すること、③火災発生後速やかに本件宿舎居住者にこれを知らせ、かつ、安全に避難できる物的設備を整備すること、④火災発生後も初期消火が可能な程度の人的整備をすること、⑤被用者らに対し、防火管理者・火元責任者などを通じて、火災の発生を未然に防止するための適切な指揮監督をなすこと、⑥被用者らに対し、初期消火の方法、避難誘導の方法等の点について、適切な指揮監督をなすこと、⑦右①ないし⑥を実施するに際して中心的役割を果たすべき防火管理者・火元責任者に適切な人員、人材を配置することの各義務を有しているというべきである」

同園会事件(東京地判昭和59.6.26判時1133.84)

このように述べたうえで、病院の安全配慮義務違反を認めました。次に、過労死の事案について見ていきたいと思います。

「一審被告(会社)は、具体的な法規の有無にかかわらず、使用者として、当該被用者の高血圧をさらに憎悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。・・・しかるに、一審被告は、定期健康診断の結果を当該被用者に知らせ、精密検査を受けるよう述べるのみで、当該被用者の業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえって、前期認定のとおり、当該被用者を昭和62年には年間労働時間が3500時間を超える恒常的な過重業務に就かせ、さらに、平成元年5月に本件プロジェクトのプロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要因の不足等により、当該被用者が長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーからスケジュール通りに作業を完成させるよう厳しく要求される一方で協力会社のSEからも増員の要求を受けるなど、当該被用者に精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。その結果、前記の通り、当該被用者の有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を憎悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、一審被告は、前期安全配慮義務に違反したものというべきであ」る。

システムコンサルタント事件(東京高裁平成11.7.28判時1702.88)

このように過労死についても安全配慮義務違反が認められています。それは以下のように過労自殺の場合であっても同様です。

大手広告代理店に勤務する労働者Aが長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、Aの上司は、Aが業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、Aに対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘引となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至った

電通事件(最判平成12.3.24判時1707.87)

まず労災保険、そして会社の責任を追及

労災に遭ったらまずは労災保険からというのがおすすめです。もちろん、いきなり会社に対して損害賠償請求をすることだってできなくはありません。もっとも、会社が労災と認めなければこれを争うことになり、裁判ともなれば費用倒れのリスクがつきまといます。

この労災保険で受けた給付額については、会社はその分だけ支払を免れるとされていますが、一定の例外があります。まず、特別支援金等社会復帰促進事業等に係わる分についての給付分については控除されません。さらに、将来給付されることが確実な年金などについても、控除されません。ただし、この年金分については前払一時金の最大限度額分について会社が負う損害賠償義務につき履行が猶予されます。この猶予されている分につき年金として支払われた場合は免除されることとなります。

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